この冬の私は。
2018年 02月 12日
片岡義男を読み直す周期がある。
というよりも彼は77歳にしてまだ現役の作家だから、その都度新作が読みたくなる周期と言っていいだろう。
お酒の嗜好にも本のそれと似たものがあって、しばらく飲んでないお酒が急に飲みたくなることはある。そんな経緯でボクは黒糖酒も飲むし、焼酎のお湯割り(正確には焼酎を水で割ったものの熱燗)も口にする。
そんな日のためにバーの棚にはたくさんの酒瓶が並んでいて欲しいし、書架には本があらねばならない。
『この冬の私はあの蜜柑だ』(講談社)。2015年の刊行。「このタイトル、ええやろ?」と仕事場でミホさんに表紙を見せたら彼女は「わぁ」と声を上げた。繰り返すが、松山・道後温泉の出身である。日向で育った蜜柑のような人である。
「キーボードは?」
浩之は首を振った。そして、
「いないよ」
と言った。中村浩子という女性がふたりのコーヒーを持って来た。
「那美ちゃん、いらっしゃい、お久しぶり」
「しばらくです」
「元気そう」
中村浩子は浩之より一歳だけ年上で、このレストランと隣の惣菜の店を取り仕切っていた。彼女の能力は高く、浩之はそれを信頼し、広い範囲の仕事を彼女にまかせていた。ふたりがそのようなチームとなってすでに数年が経過していた。
「お兄さんは浩子さんと結婚するの?」
と那美は浩之に訊いた。
浩子は隣の浩之に顔を向けた。笑いながら浩之は妹に次のように言った。
「シャッターのすべて降りてる、かつては賑やかだった商店街を見て来たばかりじゃないか。サラリーマンと専業主婦の国の完成に向けて、国はいろんな政策を作って実行した。そしてそれはある程度まで成功した。サラリーマンと専業主婦以外の人たちはその他の人たちである、という国さ。しかしその国はもう終わった。サラリーマンは明日をも知れない。主婦が専業では家計が成り立たない。それよりも先に、女性は働く。僕が浩子さんと結婚したら、浩子さんは主婦になる。そんなことになるより、ひとりの女性でいてもらって、とことん能力を発揮して、社長になって欲しい。僕は料理人だから」
「聞いてると勇気の出てくる発言なのね」(「いい女さまよう」)
一つの短編小説の登場人物のセリフとして、このような言葉を書くことのできる77歳を、ボクは尊敬せずにはいられない。
by club_suspenders
| 2018-02-12 13:49
| 書架の向こうから
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